マチネの終わりに 映画のラストシーンと小説の結末の違いは!

未分類

映画マチネの終わりに 大人の恋愛がテーマ

 

2019年に公開された映画「マチネの終わりに」

この映画は、2016年毎日新聞に掲載された同名小説が原作です。

作者は、芥川賞受賞作家である平野啓一郎。

 

「マチネの終わりに」は、大人の男女の恋愛模様を描いた物語です。

物語の主軸となるのは40代の男女

名声と社会的地位を持つ年代です。

 

そんな年代が、恋愛に走るとなれば、様々な障害がある

若い男女の恋ならば、まだしも

取捨選択が迫られた年代の男女です。

 

そんな2人を中心に登場人物が織りなす切ない心模様

次が知りたくなるそのストーリー性から、小説は人気を博しました。

その人気を受け、満を持して映画化されました。

 

映画は、福山雅治、石田ゆり子が共演し大人の切ない恋愛模様を

東京、パリ、ニューヨークの美しい背景と共に

素敵な音楽で表現しています。

 

映画マチネの終わりに あらすじ(ネタバレなし)

映画『マチネの終わりに』予告【11月1日(金)公開】

 

 

世界的なギタリストである蒔野聡史と、ジャーナリストの小峰洋子

2人は蒔野のコンサートで出会います。

 

40代に差し掛かる2人は出会った瞬間に惹かれ合います。

しかし、洋子には婚約者がいました。

 

蒔野は思い切って告白します。

洋子も婚約を破棄して蒔野の元へ向かおうとするのです。

しかし様々な環境が2人を阻みます。

 

誤解によって分かれ分かれとなる2人

大人になってからの恋愛は、若い頃と違って簡単にはいきません。

傷つきやすい大人だからこそ、脆く儚い。

 

そして蒔野と洋子の周りの大人たちも切ない心を抱えています。

それは単に恋愛模様だけではありません。

紛争によって壊れた心、また才能への嫉妬など、皆それぞれの生き方で苦しんでいる

 

2人に待ち受ける未来とは

大人の恋愛の果てにはどんなエンディングが待っているのでしょう。

生と死を織り交ぜ、切なく美しい大人の恋愛が描かれた映画となっています。

 

 

映画マチネの終わりに 映画と小説の違いとは

 

映画マチネの終わりにの内容は、小説といくつか違いがあります。

蒔野聡史と小峰洋子を中心に描かれているという主軸には違いはありません
違うのは、設定やストーリーの一部です。

まず、ヒロインである洋子についてです。

映画では、洋子はフランス人映画監督イエルコ・ソリッチの義理の娘
日本人の母が洋子を連れ、イエルコと再婚するという設定になっています。

 

しかし、小説では少し違います。
洋子はイエルコの実の娘、
つまりフランス人と日本人のハーフという設定なのです。

 

次に洋子の勤務先です。

映画の洋子の勤務地はパリ支局です。

小説の方では、もともとはバクダッド支局勤務でしたが、異動してパリ支局勤務となっています。

 

またここは映画のストーリーに影響する部分ですが
洋子がテロに遭遇する場所に違いがあります。

 

映画では、パリ支局でテロに巻き込まれ、エレベータに閉じ込められます。

さらに少し前まで一緒にいた同僚が被害に遭ったことを知り、強いショックを受けます。

 

この点、小説では洋子はバグダット支局にいた際、バクダッドでテロに遭っています。
そしてPTSDを発症しています。

 

違いはまだあります。

 

物語では、蒔野と洋子はとあるメールを原因にすれ違ってしまいます。

それは蒔野に近しい早苗が偽メールを送信したため
その偽メールを信じた洋子が去ってしまい、2人は別れてしまう。

 

その偽メールについてですが、洋子が早苗と会い、真実を知る過程が違います。

 

映画では早苗が洋子の居るニューヨークへ向かい、そこで真実を話します。

しかし、小説では洋子と早苗は偶然に出会い、話の流れで知ることとなります。

 

このほかにも、登場人物の設定なども映画と小説では
いくつか異なる点があります。
両方を見て、その違いを楽しむこともできます。

 

 

映画マチネの終わりに 映画のラストシーンと小説の結末の違い

「マチネの終わり...」の画像検索結果

 

 

こうして映画と小説には、いくつかの違いがありますが

では、大切なラストシーンはどうなのでしょう。

映画のラストシーンと小説の結末に違いがあるのか

 

実は、ストーリーだけを見ると大きな違いは無いように見えるのですが

全体を通してみると微妙に違いがあります。

 

マチネの終わりには、映画も小説も、大人の恋愛がテーマです。

大人が恋愛を成就するには、乗り越えなければならない壁が多い

この物語の2人も例外ではありません。

 

互いに、それぞれの生活があります。

別居状態なのか、それとも離婚が成立しているのか。

蒔野と洋子の立場がエンディングまでにどうなっているのか

 

このような点について、環境的にエンディングを迎えるまでの過程が

映画と小説では少し異なっています。

観る人それぞれに、感想は少し異なる部分でもあるでしょう。

 

ですから、エンディングで2人が再び出会うことができるとしても

こうした点で言えば、映画と小説ではラストに違いがあると言えます。

 

 

映画マチネの終わりに ストーリーは実話なのか

この映画の原作となった小説の序文には意味深な記述があります。

「蒔野聡史と小峰洋子には、それぞれモデルがいる」

このフレーズを見ると、この小説は実話をもとに書かれた
そんなイメージをして読み始めるのではないでしょうか。

 

切ない大人の恋愛には、モデルとなった人がいる

つまり、実話の恋の話だった。

 

そう考えて読むと、随所に出てくるもどかしい関係性も
理解できる部分がある。

まさに、読み手の気持ちを高揚させる効果といえます。

ただ、原作者である平野啓一郎は、この映画のインタビューでは、この物語はフィクションであると説明しています。

小説の序文とは違う説明に聞こえるでしょう。

 

映画マチネの終わりにが実話をモデルにしているかと気になる方には、これももどかしいところです。

結論としては、この映画と小説には
小説の方が映画よりも先に公開されている
映画と小説では、ストーリーにいくつかの違いがある
という点があります。

 

そこから推測するに「小説自体はモデルとなった人がいるが、そこからストーリーが変化した映画はフィクション」
ということが言えるでしょう。

まとめ

 

映画「マチネの終わりに」でも、同名小説でも

キーワードになるのが、題名となる「マチネの終わり」です。

 

そもそもマチネというのはフランス語で、午前中という意味です。

この言葉は、よく舞台などで使われるもの

マチネの終わりにといえば「昼の部の演目が終わった後」という意味合いになるのです。

 

マチネの終わりに2人に待ち受けるものを考えながら楽しむには、
映画も小説もどちらも十分価値のあるストーリーといえます。

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました